2026年 03月 01日
「楮(コウゾ)で卒業証書を漉く・30歳前半のころの話」 |
「楮(コウゾ)で卒業証書を漉く・40歳前半のころの話」
この話はかなり以前に短くブログに書いた。卒業証書が出てきたので書き直すことにした。
牛乳パックやテッシュペーパーで紙を漉く授業が試みられていた。この方法は簡単に紙はどうして作られるのかを勉強するのにとてもいい授業方法だと思う。(牛乳パックをちぎって洗剤の中につけておくと貼ってあるビニールがとれやすい)
私は、牛乳パックで紙を漉いてみたが、もうすでに紙ができているものをばらして漉くというものなので、本当の紙漉きの材料で漉いてみたいと思った。
山には楮が生えていたので、山に行けば楮は手に入る。とにかく、まず、楮取りに行こうと思った。日本の和紙について少し、授業をした。楮の他に雁皮やミツマタという植物で和紙を漉いた話をした。
学校には、決まった卒業証書があるので、クラスの卒業証書を作ろうと思った。そこで、楮を取りに子どもたちと授業として山へバスで行った。
まあ、のんびりとしていたとはいえ、よく、校長もそういうことを許可してくれたなと今では思う。
林の中や道の脇でどれが楮かを教えながら採取した。
まず、蒸し器で蒸して、皮をはぐ。外皮を肥後守で削り取る。その頃は、というより、H小学校に20年いて(なぜ20年もいることになったかはまたの機会に)、I小学校に転勤しても、低学年でも学年として筆箱に肥後守を入れさせていた。
その頃は私だけでなく、図工に熱心な教員は、かならず、肥後守を持たせていた。
肥後守には本物と類似品があって、類似品は安かった。本物の肥後守を手に入れるには、茨木市の市民会館の近くまで買いに行かねばならなかった。
私たちの年代では、小さいころから自分の肥後守を買ってもらって持っていた。まず、鉛筆を削らねばならない。これに肥後守を使った。もう一つ、カミソリの刃のついた鉛筆削りの道具があった。プラステックで作った鞘(さや)に収まるようになっていて、小さくて筆箱に入った。
私は切り出しナイフも持っていた。ご飯を焚いたり、風呂をわかしたりするのに、薪(マキ、タキギ)を使った。当然ガスなどなかったのだ。
燃やす木は割り木といって、50本ほど束ねて売ってあった。燃えやすいように細目に割ってあったので割り木と言った。その木を使って私はいろんなものを小さいときに作った。それが遊びだった。
H小学校の時代には子どもに肥後守を持たせているのが普通だったのだ。当然、肥後守の扱い方はきびしく教えていた。今の時代だったら、大変な苦情がきたり、あるいは事件が起こるかもしれないと思ったりもする。この話は、いろいろと続きがあるので、またの機会に書くことにして、紙漉きの話に戻ろう。
紙漉きを学校でするようになってから、教材社などでは、その道具を売り出したりしたが、それ以前のことなので、細かくした楮の繊維を何で漉くかを考えた。
本来の紙漉きでは、細い竹の簾(す)のようなもので漉いている。
その道具は「簀(す)」と呼ばれて西洋の紙漉きの道具とは繊維の方向が違うということなどは、いろんな所で学んで知っていった。
教員という仕事は、学ぶ意欲があれば、どんどんといろんなことを広く深く学んでいけるものである。そういう仕事を自分の仕事として偶然に出会ったことは人生の幸せだと思っている。
また、そういうことができたのは、いろんな方々の手助けがあったからこそできてきたのだと本当に感謝の気持ちでいっぱいである。
いろいろ考えた末に思いついたのは、筆巻きであった。教員になったころには、習字セットなどというようなものは、教材社で売ってなかった。筆を巻く竹の簾(す)があった。
これなら紙を漉けるかもしれないと思い、木枠を二つ作り、その間に筆巻きの竹を入れて牛乳パックの繊維で漉いてみた。かなり上手くいったが、竹が「簀(す)」に比べて太いので横線が入った。
また、楮の繊維が細かくならなかったので、子どもたちが漉いた和紙は、かなりでこぼこしてしまった。印刷ができないので、卒業証書の文章は私の母に筆で書いてもらった。母は、筆で書くのが得意だったからだ。
この卒業証書は、卒業式が終わり、教室に帰ってきたときに子どもたち一人一人に手渡した。
卒業証書で書き損じたものが荷物の中から出てきた。子どもたちは自分たちで漉いた紙に私への表彰状を作ったくれたのも出てきた。感謝状ではなく表彰状というところがおもしろい。
「イーハトーボ小学校の授業方法」67項目の中に和紙を漉くことに関連する項目があるので上げてみよう。
№2質の高い教材、質の高い授業を。
和紙を漉くという学習は日本の文化を学ぶ授業であり、教材として質の高いものであると考える。
№5教員がます楽しむ授業を。
本当の材料を使って和紙を漉く。私の好奇心のおもむくところ、こんなおもしろくて楽しいことはない。教員が楽しめば子どもも楽しくなるはずだ。ただし、教材として子どもとの接点があるかどうかはいつも気をつけておかねばならない。
№27教科総合授業は特別に総合学習を組まなくても時間的にも合理的である。
和紙を漉くという学習は、理科の植物の勉強であり、植物の繊維の勉強としても広がっていく。また日本の文化の勉強である。さらに和紙は、図工の学習でもある。
№37楽しい授業は、読み書き計算の能力を上げる。
基礎学力と楽しい授業はじつはつながっているものなのだ。楽しい授業は子どもの心が晴れ、いろんなことに挑戦していこうとする心を生むものである。
また、基礎学力をつける楽しい方法を考えるのも大切なことだ。
ただ、一つ断っておくことがある。子どもには能力というものがある。人間には個人個人においてその能力は違っている。その子が持っている能力を最大限活かすことが大切なのだ。
№47教材の開発
和紙を漉くというのは、教科書には載っていない。しかし、教科書以外にもたくさんのすばらしい教材がある。それをどう授業として成立させるかである。
江戸時代、浮世絵が庶民の楽しみであった。それに使われたのも和紙だ。新米の売れるか売れないかわからない絵師の浮世絵に使われたのは再生紙である。
しかし、忽然と現れ、忽然と姿を消した東洲斎写楽の浮世絵の和紙は上等なものだ。そこから、何が見えてくるか。「論理的に考える授業」にもつながっていく。
№65あらゆる時間や瞬間を利用して知識や論理的に考える力をつける授業を工夫するというのにも関係してくるはずだ。
私の若いころの授業が一つ、また一つと広がっていった。
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by ir_ihatov
| 2026-03-01 18:15
| 教室・保育室・講義室から
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