2026年 01月 09日
「蚕の授業・シーボルトと上垣守国の「養蚕秘録」について」 |
「蚕の授業・シーボルトと上垣守国の「養蚕秘録」について」
上垣守国(うえがき もりくに)が著した『養蚕秘録』と、ドイツ人医師シーボルト(フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト)の間には、「日本の高度な養蚕技術をヨーロッパに伝え、現地の産業を救った」という非常に重要な歴史的関係があるという。
1. 『養蚕秘録』の誕生
江戸時代の養蚕家であった上垣守国が、1803年(享和3年)に出版した養蚕の技術書。当時、日本各地(奥州、関東、信州など)を巡って集めた最新の養蚕・製糸技術が、豊富な挿絵とともに分かりやすく解説されている。江戸時代の養蚕書としては最高峰と言われる一冊。
2. シーボルトによる持ち出し
1823年に来日したシーボルトは、日本の自然や文化、産業に強い関心を持ち、膨大な資料を収集した。その中にこの『養蚕秘録』も含まれていた。
1828年の「シーボルト事件」で国外追放となった際、彼はこの本をオランダへ持ち帰った。
3. ヨーロッパでの翻訳と普及当時、ヨーロッパ(特にフランスやイタリア)の養蚕業は、微粒子病(びりゅうしびょう)という蚕の病気の蔓延によって壊滅的な打撃を受けていた。
1848年: シーボルトの依頼を受けたライデン大学のヨハン・ジョセフ・ホフマン教授が、『養蚕秘録』をフランス語に翻訳した。
影響: 日本の科学的な養蚕法(温度管理や清潔な飼育環境など)が紹介されたことで、ヨーロッパの養蚕業の再建に大きく貢献しました。これは、日本の技術が海外の産業を救った極めて珍しい例とされている。
上垣守国は「日本の養蚕を世界に広めた人物」として高く評価されている。また、この時に伝わった知識が、後に日本が明治維新を経て富岡製糸場などを建設し、世界最大の生糸輸出国へと成長していく伏線にもなっている。
by ir_ihatov
| 2026-01-09 17:10
| 教室・保育室・講義室から
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