2006年 04月 01日
2006年度から大阪大学で講義始る。 |

2006年度から大阪大学で「教育方法学」の講義が始った。講義は15回。中学、高校の教師をめざす学生諸君を相手にどういうふうに組み立てるか。
ぜひとも伝えたい「教育方法」は、斎藤喜博校長の孫弟子に当たる私としては、何としても斎藤喜博から師匠船戸咲子へ伝えられてきたこと、船戸咲子がさらに自由で、のびやかで、豊かな教育方法を創り出してきた事実を伝えたい。
黒柳徹子さんが『窓ぎわのトットちゃん』を書かなかったらその名前は消えていただろう小林宗作校長の教育方法を伝えたい。小林宗作さんからリトミックを習った斎藤公子さんから私は、リトミックと絵などを習った。
授業研究にのめり込めばのめり込むほど船戸咲子さんの仕事がすごくて、焦る私を斎藤公子さんは応援してくれた。斎藤公子さんが本や写真集を出せば必ず私に送ってくれた。私としては、どうしても「小林宗作、斎藤公子の教育方法」を若い人たちに伝えねばならない。
そして、畏敬の念を持って見上げる孤高の人、宮澤賢治。彼は、あまり知られていないが、教師としても天才であった。賢治さんを追いかけ続けていたら不思議なことに賢治さんに縁ある人々と知り合えることができた。
宮澤賢治研究の第一人者である西田良子先生からは、親子共々いろんなことを教えていただいた。私の主宰する研究会「教室・保育室の文化を創る会」に毎夏、来て頂き宮澤賢治の仕事を教えてくれた。そんな話も語りたい。私は、私なりに宮澤賢治の教育と人柄を若い人に伝えていきたい。
自分の仕事を大きくまとめて、約50の授業方法があった。それを伝えたいなら15時間ではとても足りない。新しい授業を創りながら学生諸君と共に学んでいきたいと思っている。
「教育は芸術(アート)である。また、職人技(アルチザン)でもある。」という私の教育の本質を語りたい。私は銀杏並木を大きなキャリーバックを引きながら、大阪大学に通うことになった。
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by ir_ihatov
| 2006-04-01 01:16
| 教室・保育室・講義室から
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